人気ブログランキング | 話題のタグを見る

包茎病院日記



昔のこと

風の気配がしただけで、すっと立ち上がったことが何度あったことか。ョツトのデ
ッキに立ち、日焼けした顔をほころばせながら勝ち誇ったようにこぶしを振り上げ、遠い水
平線をじっと見据えていた父。風が出てきたぞ、ケイティー。さあ出発だ。
そして一家は出発した。風の導くままに進んだ。風とともに進み、風のなかに向かい、風
に逆らって進んだ。激しく吹きつける風に怒りをぶつけるようにして進んだこともあった。
なぎ凪になると苛立ちで叫び声さえ上げた。ケイトの人生は風によって形づくられ、作り上げら
れ、支配された。風はときには友人のように、あるときには怪物のように思えた。そんな生
活から遠ざかって、もう久しい。

閉めながら、みずからに言い聞かせた。レジャーで船に乗る人びとや釣り人、鯨見物に興
味のある人びとには対処できる。ョツト・レーサー、それも海との戦いを、新たな海を征服
することを生きがいにしている狂信的な船乗りはどうにもならない。そうしたたぐいの男女
はいやというほど知り尽くしている。かつて彼女もその一人であった。
店のドアが開き、続いてドアの外に掛けたウィンド・チャイムがジャラジャラと音をたて
た。カーキのパンツに紺色のポロシャツを着た男性が入ってきた。何か用がある、といった
顔つきである。所作に活気があり、濃い青の瞳には輝きが、姿勢に力と目的が感じられるの
いちだ。しきりに手を黒髪にやるその様子に、ケイトは鼓動が速まるのを感じた。店を訪れる一
げん見の客はあとを絶たない。本や観光案内、島の情報誌を求めてくる客だ。だがそうした客に
胸をときめかせた経験は一度としてない。テレサの指摘は当を得ているかもしれない。やは
りもっと仕事以外の時間をふやす必要があるのだろう。店に入ってきた理由がそこにあるとは思えない。確率としてはどのくらいだろう?百万分
の一ぐらいか。
「ある女性を探している」彼はゆっくりといった。

ケイトは揺るがぬ彼の強い視線から目をそらすまいとして、唇を舐めた。
「どうやら目的の人物に出会えたようだ」彼はそう続けた。
確率なんて、そんなもの。
「あなたはケイト・マッケナさんでしょう?」男は満足げに微笑んだ。「ョツトで世界一周
を成し遂げた偉大な一家の一番上のお姉さんですよね。写真を見たからあなたの顔を知って
るんです」
17
「お尋ねになる前に、ご自分のお名前をお聞かせくださいな」
「タイラー・ジャミソンです」彼は片手を差し出した。
ケイトは軽く握手した。「どんなご用ですか?」
「記事です」
「記者なの?」それが思いがけない事実であることは否めなかった。かつては一ブロック先
からでも記者を見分けることができたというのに。このところ気が緩んでいたようだ。今後
はもっと気を引き締めなくては。「わざわざ私を探してこられた理由がさっぱりわかりませ
んね。あのレースはもう昔のことですのに」
「八年前ですよ。ということは、あなたは二十八歳になられたということかな?」
ケイトは店のドアに向かい、掛札を「閉店」に替えた。五分前に替えていたら、この男に
会わなかっただろう。それでも朝になればふたたびやってこないとはいえないが。なんとな
く、頑固一徹なタイプに見える。なにごとにつけ、目的は果たす人間なのではないかという
気がするのだ。「ヨットの外洋レースの歴史上もっとも珍しいクルーのその後について、後
たん
日證を書くことになりましてね」タイラーは続けていった。「間もなく開催されるヨットレ
ースにぴったりの記事でしょう?」
「私はレースから引退しましたけれど、もっと記事にするにふさわしいレーサーならご紹介
して差し上げますわ。たとえばモーガン・ハント。昨年シドニーからホーバートのレースに
参加した人で、それこそ胸躍るスリリングな話をしてくれると思います」
18
「それは覚えておきましょう。でもまず、あなたや妹さんたちのお話をお聞きしたい。お父
さまのお話も」
ダンカン・マッケナは世間の注目を浴びることが大好きで、自分にスポットライトが当た
ることをこのうえなく心地よく感じる男だ。しかしいったん口を開くと何をしゃべり出すか
わかったものではない。ビールを何杯かひっかけていたら、なおのこと口数が多くなるし、
父がそんなときに飲まないはずもない。
「父は昔話が好きですよ」ケイトはいった。「でも釣った魚の大きさが年々増していく釣り
人の自慢話と同じで、父の話はあてになりません」
「あなたはどうなんです?あなたなら真実を語ってくれますよね?」
「ええ」ケイトは気軽な感じを出そうと、肩をすくめた。「そうね。航海が永遠に続くよう
に思えたわね。風の強い日もあれば、暑い日もあったわ。風は強く吹いたり、凪いだりした
何週間も同じような日が続いたわ。食べ物もまずいし、海は不安定で危険だった。星空はい
つも素晴らしかった。そんなところかしら」
「短くて簡潔だな。あなたならもっといいお話を聞かせてくれるはずですよ、ミス・マッケ
ナ。本好きな女性ならもっとうまく話せるはず」
「私は本を売っているのであって、本を書いているわけじゃありません。それに私たちが帰
還してその後数週間はレースに関する記事が数えきれないほど出ました。書くべきことはす
べて書きつくされたの。もし興味があるのなら、インターネットや図書館でいくらでも調べ
られるはず」ケイトはそこで言葉を切った。「あなたはョツト関係の雑誌に記事を書いてい
るの?」
by hermann719 | 2013-09-15 08:07
<< 販売の極意 バイヤグラの通販をしてみた。 >>


包茎の体験記です

by hermann719
カテゴリ
以前の記事
最新のトラックバック
検索
タグ
その他のジャンル